2026年が始まりました、
昨年末もショウワニアの動きは少し加速しまして、
特にエッセンシャルワーク領域の方々から関心をもっていただく機会が多かった、
2026年は商工会でのチームビルディングに活用していただいたりと、
新しい一歩を踏み出す年でもあります、
少しビジネスというものについて考えてみたいと思います、
今の世の中において必要とされているビジネスとはなにか、
オーストラリアで昨年に16歳にならないとSNSは使用禁止、的な法案が通りました、
SNSも道具なので、それ自体がいい悪いということではありませんが、
道具としてのSNSのリスクにフォーカスが当てられ、
16歳までの期間は人とのリアルなコミュニケーションを大事にしましょう、と、
私が子供の時と比較しても、今は常時接続社会などとも表現されますが、
常に世の中とつながっている状態で、常になしかしらのお知らせが
スマホに飛び込んできます、脳みそも常に揺さぶられている状態、
電車の中でも常に画面をスクロールして、誰かの投稿をみたり、
通販サイトを物色してみたりと、
国内の最大の宗派はスマホ教、そういってもいいくらい
ヒトのマインドシェアを独占しているような状態、
私はスピリチュアルなどには明るくありませんが、
電車の中を流れる空気もあまりいい感じがしないです、
一方でモノづくり、モノづくりをしている時間は
目の前のことに集中する必要があり、スマホを見ている余裕などありません、
(完成したものを撮影するなどはありますが)
このような何かにとことん集中するという時間が、
非常に貴重なものになっていくのではないかとみています、
あとはおしゃべりですね、意味のあることはAIに聞けば答えてくれます、
そうではなく、目的などは明確に定めずにただお話する時間、
例えば、高齢の方と年末にお話をする機会がありましたが、
仲のいい方とのお別れなどは、一緒に買い物に行く人の喪失にもつながり、
行動範囲が狭くなってしまったと、
行動範囲の狭まりは心理的にもいい影響はもたらしませんので、
そのような境遇に置かれている方の買い物にお話をしながら伴奏するなど、
ひとが抱える根本的な課題の把握なども含めた本音を話すことができる機会、
その価値がこれまで以上に高まってくるのではないかと思われます、
AIはこうすべきだと回答をしてくれはしますが、
大前提としてレコメンドされた行動を質問者がとるとされているわけですが、
レコメンドされた行動をとるための心理的ハードルをいかになくすか、
がたいていの場合最大の問題であると私は考えています、
モフモフした弱いロボットも家庭内においては、人のQOLの支えになるかもしれません、
が少し遠出して買い物してこよう、というマインドとのつながりはおそらくないでしょう、
それを実現するのは人と人とのコミュニケーション、
ビジネスにおいても、売り上げをどのように積み上げたか、という積み上げのみを評価するのではなく、
そのビジネスがあることで、社会における損失をどれだけ防ぐことができたか、
その観点もますます求められるようになるのではないでしょうか、
パープルエコノミー、
「ケアワークの重要性、女性の権限と自律性が経済の機能、社会の幸福、生活の持続性に与える影響を認識する」
このような考えもますます世の中に必要とされるでしょう、
何となくですが、各産業において、各社先行きがかなり見通しづらい状況なのではないでしょうか、
それを一言でいうと、「閉塞感」。例えばプロダクト一つをとっても、
今の世の中において真に必要な物理的プロダクトというのはほとんどないのではないでしょうか、
すでに十分な機能を有するプロダクトであふれかえっています、
かつ環境負荷を考えた場合に、非常にシビアなコメントにはなりますが、
何もつくらないことが最も環境負荷が少ないとみることもできます、
一方で、社会における課題として根強く続いているものもありますが、そこにはなかなか視点が届きづらい、
最短最速での成長というものに疑問符が投げつけられているのが現代ではないでしょうか、
世の中はシンプルなはずなのですが、非常に入り組んだ複雑なものになっています、
それはそれとして受け入れながら、パープルエコノミーではないですが、
真に社会に必要とされる価値創造に飛び込んでいくのがこれからの企業の使命ではないでしょうか、
「そのビジネスは本当に社会にとって必要なのか」
「そのビジネスは本当に社会を前進させるものなのか」
この問いを常に胸に持ち続けたいと思います、
AIの議論も昨今非常に多くなされていますが、私は最近そこに空虚さを感じています、
AIはあくまで手段の話のはずですが、その手段にばかり話が集中して、
肝心の「何を成し遂げるべきか」に関する議論が全然ないためです、
上にも挙げた通り、すでに既存のビジネスはかなり踊り場に来ているはずで、
その踊り場を前提としていくらAIの議論をしても意味がないのでは、ということです、
あるビジネスが世の中においては絶対に必要だ、だからこそAIを活用しよう、ならわかる、
シビアな言い方になりますが、世の中になくてもよいビジネスにおいて、
AIをどう活用するか、という議論がそもそも必要なのか?という趣旨です。

