【編集長】短眼合理と遠眼合理

【編集長】短眼合理と遠眼合理

2024.01.05

チャットツールは本当に合理的か

コロナ禍以降で世の中に浸透したものの一つにチャットツールがあると思います。
さっとコミュニケーションがとれて非常に便利ですよね。

ただし、最近このチャットツールについて思うところがあり文章に書かせていただきます。

チャットツールは改めて便利で、相手に伝えたいことを瞬間的に伝えることができます。
メールのようにいちいち文章を整えることもなく、まさにチャットできます。

ただし、チャットのコミュニケーションは意識しないと無機質になりがちで、
感情を伝えることが難しいんですよね、

一例を挙げると、文章の末尾が「。」か「!」かによって、受け手の受け止め方も変わってまいります。
いつも「。」で終わるメンバーとは距離を近めるのがなかなか難しい、
結構いるんですよね、「。」で終わるパターン。。。

その先に何がまっているかというと、「。」で終わる方を仮にAさんとすると、
Aさんとのコミュニケーションは楽しくはなくなるんですよね。リアクションが感じられないので。

結果的に起こることとしては、仮に自分がAさんにとって有用であろう情報を得たとしても
薄い反応をされるのが頭をよぎりめんどくさいため、その情報をAさんには提供しないそんな展開です。

目先のコミュニケーションの快適さを優先するあまり、長期的に見るとロスを生じている。
仮にその情報が現状を圧倒的に改善できるポテンシャルを持つものであった場合に、
Aさんは大きなチャンスを逃すことにもなるわけです。

これがタイトルにも書かせていただいている短眼合理と遠眼合理という考え方。
つまりは時間の使い方を考えましょうね、ということでもあります。

例えば、片道3時間をかけて誰かに会いに行く、目的は面と向かって話を聴きにいくため、
その面談の時間はと言うと30分、

合理的に行きている人からすると、オンラインですませろよ、なんて言われそうですが、
直接会うことで感じる場の空気や、向こうからすると遠路わざわざ来てくれた、
それ行動が心に刻まれ、距離も近づけやすいでしょう、

そうすると、先程の話で言う有用な情報も入るようになってくるわけですね、

これも時間の使い方、その5分にどれだけの価値があるか、
その察知能力の習得方法は残念ながらなく、完全にセンスとなります。

生成系AIも然りですが、テクノロジーがどんどん時短自体を可能にしている世の中において、
あえて時間をとることの方が合理的であるという判断をできることは人ならではの強みになると思います、

私自身もまだまだではありますが、時間の使い方は意識したいと考えています。

モノの造り手を増やす

私自身、今も毎週靴作りをしているわけですが、靴だけではなく野菜づくりもしています、
タイミングによっては、我が家では食べ切れないくらい多くの野菜ができるわけですが、
それが以前には地域コミュニティのコミュニケーションツールとして機能していたわけですね、

今後、各地の持続可能性を高めていく上では支え合いもとても重要になり、
その媒体となるのがものづくりをしている人になっていくと思います

造り手が増えれば増えるほど、自分たちだけでは消費できなくなり、
結果ご近所に配るなどの行動を通じてコミュニケーションが生まれる、

REUSEDで以前、取り上げさせていただいた三浦さんがお金がないことへの恐怖心がなくなった
という趣旨のコメントをしておられましたが、

お金もあくまで手段であり、目的ではありませんので、お金がなくても目的を達成する必要はあるわけですね。
野菜をスーパーで買うのに比べて育ててみるとこんなに時間と手間がかかるのか、ということに気が付きます、

特にイチゴなんかは相当な時間がかかるわけです、でもその経験をすることでスーパーで打っている野菜への
感謝も生まれますし、農家の方とお話の種もでき、さらに土に触れることでリラックス効果も、など
スーパーで野菜を買って食べることを続けていても気づけないことに気づくことができるようになります。
これも時間の使い方、ですね。

2024年は新規事業をリリースすることと、海外に行くこと、これらを目標に掲げており、
一見相反するようにも捉えられるかもしれませんが、今検討しているビジネスはグローバル照準で考えており、
先々の展開を考えると、成長してから海外を知るのではなく、先に海外を知ったうえでビジネスを整えていくほうが合理的であると考えているためとなります。これも遠眼合理の考え方。

このテーマはこれだけで、2時間以上は軽く話せちゃう内容ですので、またどこかでディスカッションでもしたいもんですな。